Last Trip
聖都ラサ、聖山カイラス巡礼、ヒマラヤ・トレッキング、インドのチベットであるラダック,ダラムサラ、聖地ベナレス、マザーハウスでのボランティアなどを目的に、バックパッカー生活最後の旅を続けています。
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出会いと別れに感謝!!
トレッキングを終え、マユミさんとハリーとお別れしてレーの町で4泊した。
俺が泊まっていたのは「ビムラ」という宿。4泊、4泊、12泊、2泊と、レー滞在中は常宿として計22泊もお世話になった。
シャワー付きのシングルが200Rs(1Rs=約3円)。シャワー無しは150Rsだった。
可愛らしいラッダッキー(ラダック人)のおばちゃんが宿を切り盛りしていて、庭には植物が生い茂っていて中々感じがいい。
しかし、このおばちゃんもしたたか者で俺と同じ値段で泊まるには、根性で値切らないと難しい。
シングルが空いてなくて、ダブルしかなくても一人だったら200Rsでも泊まれた。しかし2人でダブルに泊まった人には300Rsとか400Rsとかで泊まってる人がいた。シングルでもダブルでも言い値は4〜500Rs
俺でさえトレッキングや他の村へ移動して戻るたびに毎回値段交渉をしていた。頑張って値段交渉をしてください。
でも結構いい加減なので、チェックアウトのときに「何泊したの?」って聞いてくる始末。交渉した値段も覚えていないこともある。値段をごまかそうと思えば全然できるけどね。
ラッダク人はみんなチベット仏教徒だと思っていたが、ここの宿はクリスチャン。ダライラマがレーの町を訪れた時に聞いてみた。
「今日はダライラマのお出迎えに行ったの?」
帰ってきた答えは・・・、
I don’t like !!」の一言。
よく見たら飾り付けもそうだし十字架があったりで、確かにクリスチャンの宿だった。だけどインドの中のチベットといわれるラダックに住み、クリスチャンってだけでも驚きなのに、「私、嫌い!!」ってハッキリ言うところがスゲー。おばちゃんに、神のご加護を!!

トレッキング仲間がビパサナに行って淋しくなると思ったら、すぐに「ビムラ」に2人の日本人がやって来た。
一人はコウくんという男の人でマナリーで少し会っていたので話しやすくすぐに仲良くなった。1ヵ月半の短期の旅行者で、ガンジャ大好きでハンチング帽に揉み上げが長く、見た目はビギンのボーカル風。チベットに興味もないのにノコノコとラダックへ来ちゃった人。
もう一人はフミさんという同い年の女性で、カナダやエジプトでガイドの仕事をしてた人。凄い行動力でこれから世界を旅しながら自分の住みたい場所を探すそうだ。いい加減なコウくんとは正反対で計画を持って旅をしている。
2
人はマナリーから一緒で、1日で来れるはずのジープが途中で壊れて、途中の村でテント泊をさせられてクタクタになってレーにやって来た。
新たな出会いに恵まれて、この2人と共に暫く行動することになった。

トッレキングで燃え尽きたのか、レーに戻ってきてからは疲れを癒すためにのんびりしていた。
コウくんとフミさんがゴンパへ行くのにも着いていかなかった。4月に行ったチベットでゴンパはお腹いっぱいになって、3ヵ月経った今も御代わりはまだ必要ないみたい。
ゴンパが嫌いな訳じゃないが、やっぱりトレッキングに満足しきったみたいで、観光気分が失せていたからだと思う。
ラダックへ来てゴンパ巡りをしなかったら、正直何もすることがない。だからといって退屈に悩まされることもない。
レーはラダックで一番大きい町だが、少し郊外へ散歩に出かければのどかな風景に出会える。小川が流れ小鳥がさえずり、野良牛やロバもいるが、インドのゴミゴミした都会にいると違和感があるが、ラッダクの風景に溶け合って動物達の存在もどこか景色と和んでいる。
空は青い。雲は白い。夕焼けはキレイ。高台に登れば景色にうっとりする。カフェで読書するのもいい。贅沢な時間が過ごせる。何もすることがないが、ただ毎日をのんびり過ごすことに不満もない。
しかし俺も旅行者である。何かやることを考えている。トッレキングが終わってゴンパ巡りをする意欲もなく、他のトレッキングへ行こうと思う元気もない。
そこでガイドブックを見ているとヌブラ渓谷というラダックの北にある村がのんびりできそうで良いなぁと思っていた。
聞くところによればヌブラ地方のパナミックという村には温泉があり、デスケット村へは8月6日にダライラマがやって来て、7日〜9日の3日間にティーチングが行なわれるようだった。
のんびり過ごしたいのに人が大勢来ることが予想されるヌブラへ行くのはどうかと思う反面、せっかく再びダライラマに会えるチャンスがあるのに避ける必要もない。などと考えていると、コウくんとフミさんも是非ダライラマのティーチングへ行きたいということになり、3人でヌブラへ行く話しになっていった。
一人でのんびり過ごすのも良いけど、旅で知り合った者同士で旅行するのもいい。8月4日(土)にヌブラのデスキット行きのバスに3人で乗り込んだ。


ヌブラへ行くにはパーミットが必要。パーミットは旅行会社で取れて、7日間の滞在許可書が100Rsで取れる。旅行会社によっては1日×20Rsプラス手数料を取るところもあるので、良心的な旅行会社を探してください。
デスケット行きローカルバスは、火,,土の週3便。夏のシーズンは朝6時にレーのバススタンド出発。料金は102Rs(帰りは100Rsだった。)。パナミック行きも週2〜3便ほどあるみたいです。
デスケット発のレー行きは、水,,日の週3便。時間のない人はタクシーをチャーターして行けます。レーから往復で、値段は4624Rsだそうです。
ヌブラ行きのバスチケットは、前日から座席の予約ができるので予約をした方がいいです。

8月4日の朝5時に宿を出て、レーのバススタンドから6時にバスはヌブラへと出発した。
天気は曇り時々雨。インドでもモンスーンの影響のないラダックは殆ど雨が降らないが、途中で通る自称世界一高い道路である5606mのカルドン・ラという峠を通る頃には雪もチラついた。
しかし段々と天気も回復。ラダック山脈を越えてバスは壮大な山々をゆっくりと走ってゆく。バスは狭くガタガタ揺れて早起きして眠たかったが、中々眠らせてもらえなかった。
バスは午後12時にデスケット村へ到着した。約6時間のバスの旅は以外にしんどかったよ。

レーの町もトレッキングで行ったストック村もそうだったが、どの村も川や小川が流れ、木々や植物がない山々に囲まれ、高地なのに小さいながら森があり花々が咲き、山の中のオアシスに人々が村を築いて暮らしている。
デスケットもそんなのどかな村だ。すごく落ち着ける風景が広がっていた。
バスを降りて早速宿探し。しかし中々空いてる部屋が見つからない。やっぱりダライラマのティーチング目当てのツーリストが多く来ているみたいだ。予約がいっぱいで泊まれなかったりもした。
しかし何とか宿が見つかった。今年の7月1日にオープンしたばかりの「サーチェン・ゲストハウス」というすごくキレイで立派な宿だった。値段も立派でダブルが800Rsなり。無理やりエキストラベットをひとつ部屋に入れてもらい、3人でシェアして泊まることになった。
宿のオーナーは紳士的なカッコいい人で、ダライラマのティーチングのときも村の代表的存在で会場を仕切っていた。子供が2人いて英語を話して知的なお嬢様とお坊ちゃん。奥様もエレガントで感じがいい。
3人でひと部屋は少し狭いが、中々感じのいい部屋だ。リビングルームはチベタン・スタイルでとても雰囲気が良くすごく落ち着ける。食事も頼めば3食作ってくれる。お茶を飲んだりしながら、この宿で1日過ごせるくらいだ。
宿代は少し高いが文句なしだ。宿も取れたし早めに来て良かったよ。

8月5日、ヌブラ2日目はフミさんと2人でフンダルというデスケットから8kmほど離れた村へ行ってきた。コウくんは一人で宿に残り、本を読んだりボンでも吹かしていたようだ。
外国人が行けるのはフンダルまでで、この先はインド軍隊の基地がある。ここは中国とパキスタンの国境までわずかな距離だ。ラダックより西のジャンムー&カシミール地方は最近までインドとパキスタンが戦争をしていたが、今は一応停戦中で昔ほど危険はないみたい。
ハイキングのつもりで農道をのんびりと歩いて行くが、途中から道全体に水溜りが広がって進めなくなった。やむなく諦めて車の通る舗装路を歩くことに。
片手を挙げて親指を突き出せば、車が止まってくれる。田舎町なので親切な人が多く、簡単にヒッチハイクができてしまう。フンダル村の行き止まりにあるゴンパまで乗せてってくれた。感謝です。

フンダルでは小さなゴンパを見た程度で村の中は歩かなかった。ゲストハウスを一軒見かけたが、見た感じ何もないオアシスの村だった。丘の上のゴンパを目指して歩いたり軽くハイキングを楽しんだり、帰りもヒッチハイクで戻ることに。
止まってくれた車は休日を過ごしに向かうインド人アーミーで、近くのピクニック場へ行くから一緒に来るかと聞かれたので着いてゆくことにした。
そこは砂丘が見え緑の芝生が続き小川が流れるピクニックに最適な場所だった。奥さんや子供を招き久しぶりの休日を家族と一緒に過ごすみたいだった。放牧されたロバや牛達が草を食み、ラクダものんびりくつろいでいた。
ちょうど昼時だったが、まだパーティーが始まりそうもないし、家族や仲間達の団らんのお邪魔になると思ったので、早めにお礼を言って失礼させてもらう
そこからはのどかな農道をゆっくりと歩いて帰った。小さな砂漠があったり、ラクダがいたり、小川の横は湿原だったり、6000m越える白い雪山が見えたり、面白い景色だ。こんな風景には中々出会えないよね。
楽しかったけど、帰りは7〜8kmを歩いたから疲れた。膝の状態もまだよろしくないみたいだし・・・。

8
6日、今日はダライラマ法王様がデスケットの村へやって来る日。
村の人達は準備で大忙し。初めてくる村だが、新しいタルチョがはためき町はキレイに清掃されてゴミは見かけない。活仏への歓迎ムードで村は活気付いている。最近キレイにしたばかりの道路はアスファルトにしたばかりだと分かる。
チベット仏教の最高指導者がやって来るんだから当たり前のことなのかも知れないけど、各家の壁は新しくペンキで塗り替えたり、ダライラマが通るだけで町がキレイになるんだよなぁ。単純にスゲーと思った。
ぜひ法王様にデリーやインド各地を訪れて欲しいものだ。もしそれでインド中がキレイになるなら、神様より偉大だよね。ヒンドゥ教にもそれくらい偉大な指導者がいたらいいのになぁ。
11
時頃まで宿でのんびり読書をしたりして過ごして、コウくんとランチへ出かけると、既に村の人達は道に並んでダライラマ到着を待っていた。昨日聞いた話しでは12時〜15時の間に到着すると聞いた。なんてアバウトな予定なんだろう。
それでも村の人達は各それぞれにラッダク民族衣装に正装して11時前から法王ご到着を待ちわびていた。行動派のフミさんは午前中からデスケットのゴンパへ一人で出かけた。男二人はダラダラとランチをしながらダライラマが来るのを待つことにした。
到着は13時過ぎだろうと勝手に予想して、コウくんとたわいのない話しをしながら食事をして、14時頃から宿の人たちに混じってダライラマのご到着を待つことにした。

ラダックのド派手な刺繍入りの民族服にトンガリハットに前のツバだけない変てこな帽子を被ったラダッキーのおばちゃんやおじちゃんの姿を眺めているだけで、到着を待つ間も楽しく過ごすことができた。
しかーし、14時を過ぎても全く来る気配はない。11時前から待ってる村人達はかなり疲れ気味。15時を過ぎても来ない。俺でさえ待ちくたびれてきた。
そして16時頃に法王様はやって来た。最初に通った車の荷台では若者が騒ぎながら車に乗って通過する。数十個のターコイズの付いた兜を被った正装した女性が乗った車も通った。車の列が十数台通過していよいよダライラマがやって来た。カタという白いスカーフを捧げる村の人たち。そんな僕らの横を法王様を乗せた車は一瞬で通り過ぎていった。ほんの一瞬だったが、再びダライラマの姿を拝めて俺自身も興奮。
村の人達は5時間以上も待たされたのに文句もなく、ダライラマ通過後はあっけなく笑顔で各家へ帰っていった。日本だったら天皇陛下がこんな小さな村にやって来たのと同じ感じだし、会える喜びより村人総出でお出迎えすることに大きな意味があるんだろうね。
そんなイベントに俺も参加できて、嬉しかったし楽しかったよ。
明日のティーチングも一緒に参加させてもらって、楽しませてもらいます。
村に活気を与えるひとりのチベットから来たおじいちゃん。やっぱり彼は人々を救える偉大なおじいちゃんでした。

8
7日、朝7時に宿を出てダライラマのティーチング会場へ向かった。
白いテント式の屋根が張りめぐられた会場に豪華な舞台。今日も青空が広がり天気はいい。
会場近くのダライラマの宿泊する立派な宮殿から、8時半頃にダライラマ法王が入場した。ダラムサラのときと違って一般旅行者もカメラの持ち込みがOKだった。写真撮影は禁止だと警備の人は言ってるようだったが、みんな構わずダライラマの写真を撮る。
俺も数枚撮らせてもらった。田舎の村ということで、セキュリティーは甘かったかな。でもそのいい加減さが良かったりもする。
会場の左端は外国人用の席が用意されていて、スピーカーから英語訳を聞くことができた。外国人もこんな小さな村に200人くらいは集まっていただろうか。ラダッキー、チベタン、僧侶、会場はすごい人で溢れかえっている。
会場を守る警備の他に村人も会場の管理で忙しく働いていた。ヌブラでのティーチングは2回目だという。宿のオーナーはサングラスにラッダクの民族服姿で、村を束ねるヤクザの親分的存在でカッコよく人々を仕切っていた。
ティーチングは11時半ころに終わった。せっかくの英語通訳も俺には全く理解できずにただ座って過ごしてただけだった。
ダラムサラに続いてラダックでもダライラマにお会いできて、それだけでもすごいことだ。人々のチベット仏教への信仰心や、その最高指導者への尊敬心。それを同じ場所で一緒に感じられたことが、俺にとってもすごく学ぶべきことであったと思っている。
ダライラマ法王様。いつまでもチベットの人たちに勇気や希望を与える存在であってください。俺もあなたのような優しさに満ちた笑顔を持った人間になれるよう精進したします。
ありがとうございました。合掌!!

会場を後にする人々の数はすごかった。こんなにいたのか!?
1万人はいたんじゃないのかなぁ。ヌブラの人口の数倍の人間が集まったんじゃないのだろうか。すげー。
一度宿に戻り、ランチを作ってもらい少し休んでデスケット・ゴンパへ行ってきた。岩山の崖の中腹に大きなゴンパが建てられていて、中々の見応え。高台に建つゴンパからの眺めは雄大。ヌブラ渓谷の素晴らしい景色を見わたすことができる。
ゴンパでは少年の坊さんにお茶をご馳走になったり、楽しい一時を過ごさせてもらった。やっぱりチベットのゴンパは良いなぁ。気持ちが安らぎます。
青い空の下には心の素直な人が集まる。そんな空の下で、俺ものんびり生きてゆきたい。

8月8日、今日でヌブラを去りレーに戻ることにした。
ヌブラのパナミックという村には温泉があるので行ってみたかったのだが、ティーチングは9日まで行なわれ、向こうの村人もデスケット村の方へ来ていて、宿とか開いてるのかも不安。それにコウくんとフミさんもレーに戻るし、俺も一緒に帰ることにした。
バスターミナルから朝の6時にバスは出発という情報を得て、4時半に起きて5時に宿を出た。しかしバスターミナルからバスは出発せず、違う場所から出発した。前の日にチケットを買えないと聞き席取りのため早起きしたのに、バスに乗ると予約してある席がいくつもある。なんとか座れたが、情報がめちゃくちゃじゃありませんか?
結局バスは7時20分にデスケットを出発して、レーに到着したのが14時半頃だった。7時間のバスの旅。帰りも結構しんどい。

フミさんは次の日から2泊3日くらいで、ひとりでゴンパ巡りに出かけた。コウくんは短期旅行なんだから、「一緒に行けよ!!」っていっても。「疲れるでしょ!?」の一言。
それから暫くはコウくんと連るんで、レーでダラダラと過ごすことになった。
そんな2人と一緒に4泊5日の旅行ができてすごく楽しかったです。法王に会い、ヌブラののんびりした風景を堪能できた。楽しい思いでもいっぱいだ。
ヌブラの人々、コウくん、フミさん、色々ありがとう!!


レーに戻ってきて8月8日〜19日までの12泊をダラァ〜っと過ごした。
だいたい朝8時過ぎからコウくんと朝メシに行って、旅行記書いて、ひとりでランチ。部屋に戻って昼寝して、また旅行記を書く。夕方にコウくんが来て、チャラスを吹かして、ウダウダになってディナーに出かける。帰ってまたボンをして、ダラ〜っと眠りに着く。
コウくんがレーを出るまではこんな感じの毎日。食事も贅沢してたよなぁ。
ツーリストレストランで洋食をガッツリ食べてた。レーはツーリストが多いから美味しいレストランがすごく多くある。食費だけで1日300Rs前後使ってた気がする。1日で1000円程度なら安いもんだが、3食で100Rsで過ごす節約家と会ったりすると、浪費してるなぁって、ちょっと反省。インドでは節約するって決めたのになぁ、誰かと連るむとついつい調子に乗っちゃうんだよね。
まぁその分、食に関してのストレスはありませんが。
美味しい食べ物を頂くのはいいとして、毎日ガンジャを吹かすのはよろしくなかったかな。自分の中では少し抵抗感があるんだが、人がやるのに対して悪いことだと思ってない。そんなに中毒性もない訳だし、麻薬に分類されてるだけのこと。
よっぽど酒やタバコよりは良いと思う。だからついつい仲良くなった人からまわってくると一緒にやってしまうんだよね。
でも俺はあまり好きじゃないかな。楽しくなることはなるんだけど、だるくなるし眠くなったり何よりやる気が失せる。開き直れない部分もあって、決まりたいとも思えないしね。
ガンジャは俺には必要ないし、合わないようです。コウくん、ほどほどに楽しんでね。
そん感じだから旅行記もはかどらなかったりしたけど、まぁボチボチ頑張ったかな。俺って文才ないよなぁ。集中力もないし、この程度の旅行記でも3〜4日かかるんだよね。旅行記に費やした時間は今までの分を合わせると1ヵ月以上なんじゃないだろうか。
1ヵ月あったら、もっと色んなことができるし他にも色々と行けたのになぁ。う〜ん・・・。
まぁ続けることは意味があると思うし、旅を振り返り感じたことを思い出して書き殴る。これも瞑想っていやぁそうでしょう。旅で学んだことを文章に残して自分なりに考えて、何年か後に読み返すのもいいよね。
たまに書くことが増えるのが嫌で行動するのを避けたくなることもあるけど、書くネタがあるってことはその分充実した旅ができてるってことだ。これからもいい思い出が詰まった旅行記が書けるよう努力しよう。

レーに戻ってきてからは再会続き。
ビパサナ(瞑想)へ行ったマユミさんとハリーが戻ってきた。2人ともトレッキングで感じたのとは別の物を感じて戻ってきたようだ。10日間ひたすら目を瞑り自分を見つめ直す。面白そうだし興味はあるんだけどね。機会があったら俺も挑戦してみようかな。
ダラムサラで会ったマユコちゃんもラダックへ到着。彼女もダラムサラで10日間の瞑想をして遅れてやってきた。マユミさんとは俺より長い付き合いで、3人で食事へ行ったりダラムサラの仲間で楽しく過ごさせてもらった。
マユコちゃんはマナリーからカナダ人のルーシーと2人で旅して、1週間かけてローカルバスを乗り継いでレーまで楽しく旅をしてきたそうだ。40歳のルーシーは少女のような明るく元気な人で、若々しく魅力のある人だった。新たな出会いも思い出になる。