Last Trip
聖都ラサ、聖山カイラス巡礼、ヒマラヤ・トレッキング、インドのチベットであるラダック,ダラムサラ、聖地ベナレス、マザーハウスでのボランティアなどを目的に、バックパッカー生活最後の旅を続けています。
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準備、準備、準備。

旅の出発までいよいよあと2日。
旅立ちの準備はボチボチ順調かな。
まぁ、3ヶ月前に持っていったものをそのまま準備すれば問題ないだけだから、別にあれこれ考える必要もないから楽ちんだ。


今日は携帯電話を解約。住民票も抜いた。
順調に事が進んでおります。


でもイマイチ気合いが入らない毎日を悶々と過ごしてます。
旅前はいつもこんな感じだけど、回を重ねるごとにワクワクもドキドキもなくなってる気がする。
旅にでちゃえば気持ちも変わってくるから、それを待つしかないか。


頑張れ俺ぇ!!


知り合いのサリーさんという人が、僕の旅の写真をHPで紹介してくれました。
自分でやりたいんだけど、どうもやる気がでなくてねぇ。
http://2nd-fiore.moo.jp/・・・「other」のページからご覧になれます。
サリーさん、ありがとうございました。


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松牛。。。

昨日三重の友達に松牛をご馳走になりました。
松屋の牛丼じゃありません。

松坂牛でございます。

それを焼肉でいただきました。
人生、初松牛です。
でらうま!!でした。


matugyu2.jpg matugyu3.jpg matugyu1.jpg


ヤスくん、もっちゃん、ご馳走様!!


 


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Hong Kong 07'

昨日、香港行きのチケットを予約してまりました。
出発は2月7日です。

香港は97年の中国返還のとき以来。
もうあれから10年かぁ。
あの時も色んな刺激をいっぱい受けたよなぁ。
返還後10年。香港はどう変わってるんだろう?
今回も食に夜景に出会いに、色々楽しめたらって思ってます。
香港で中国ビザをゲットして、念願のチベットを目指したいと思っています。

出発までの間に会えそうな人は、是非連絡ください。
一緒にメシでも食べましょう!!
名古屋へ来る方がいたら、声をかけてくださいね!!

KANSAI SUPER SHOW (外伝)

久しぶりの旅行だ。東京までレッツラ・ゴー!!

1月13日(土)朝7時に夜勤のバイトを終える。
2ヶ月の短期のレストランバイト。忘年会、クリスマス、正月、と忙しい時期だけにしんどかった。
社員の皆さんは俺よりも何倍も働いて、俺より給料安くて大変そう。日本で社会復帰できる自信がなくなってきた・・・。
まぁ終わったことは置いといて、今年も俺自身頑張って行こうよ!!

家に帰って夕方まで寝る。
夕食を食べて、旅の準備。家を9時半ごろ出発。
名古屋駅に到着。早く着き過ぎた。名駅は路上喫煙禁止。愛煙家には世風が厳しい。
マックで時間つぶして、夜行バスの出発を待つ。夜11時頃バスは東京へ向けて出発した。
高速をずっと走るわけじゃなく、下道を走ってるご様子。
眠気はあるが、信号待ちなど度々起きる。熟睡しかかっても休憩で起こされる。
以外に神経質で旅向きじゃない体質だったりします。

14日(日)の朝7時着予定が、順調すぎて6時過ぎに新宿に到着した。
まだ薄暗い中、新宿駅からJRに乗り有楽町へ移動。
銀座をうろつき、漫画喫茶で暇つぶし。井上雄彦のバスケ漫画「リアル」を読み漁る。
3時間ほどくつろぎ、東京フォーラムにある10時オープンの「相田みつを美術館」へ。
日曜でもあり美術館の会館10周年記念特別企画展の最終日ということもあってか、オープンから凄い人だ。
ゆっくり落ち着いて見られなかったが、眠い目をこすりながら「相田みつをワールド」を2時間半ほどかけて堪能した。

12時半にマレーシアで会った、まるちゃんという女の子と再会する。
まるちゃんとは、去年の5月に行った長野の善光寺旅行ぶりの再会。
本当はまるちゃんと東京ドームの「太陽の船」を見に行く予定だったが、彼女の仕事の都合で一緒には行かれなくなった。
で、お詫びということでランチをご馳走になった。有楽町近くの中華料理店で、刀削麺と酢豚をご馳走になる。
夜会った友達とその仲間に「銀座でランチした」と告げると、「銀座でランチって・・・。」と尊敬と憧れの眼差し・・・。
銀座って地名は、東京でも凄いんだなぁー。別に高級店って訳じゃなかったんだけど、よく考えたらあそこは銀座に入るのかな?
まっいいか。

ランチ後は憧れの銀ブラ・・・。(別に憧れじゃなかったけど。)
今話題の不二家本店を拝む。
「一流の洋菓子屋を目指すなら銀座からスタートだ。」ってことで銀座の店から始めたのに、一階の洋菓子売り場(?)はシャッターが下りてた・・・。
自業自得ではあるんだけどね。
ネパールでトレッキング中にコーラを飲もうとある店に入ると、埃をかぶったペプシを出された。
よく見ると賞味期限が1年前・・・。さすがに取り替えろと突き返す。変わりに出されたのが賞味期限1週間切れ・・・。
1年前よりマシだと買ったけどね。
日本じゃ1週間切れは死活問題。どっちがいい国なのでしょうか?
ヒルトンでも期限内に使えないジュースがあった。ちゃんと使わず処分いたしました。
偉いぞ、ヒルトン!! でも勿体ないよね・・・。
言えるのは、日本は豊かで平和な国ってことですかね。

銀座の西部デパートの2Fにある、ベルギー王室ご用達の「ジャン・ガレー」でお土産としてチョコレートを買ってもらった。(有名なの?)
まるちゃんの変わりに「太陽の船」行ってくれる予定になった、南米で会った亮さんにもとお詫びに2つ買ってくれた。
そうだ、食べてみよう・・・・・。
おおぉ!!こいつは、でらうまい。噛み締めて頂きます。
まるちゃん、ランチとチョコレートありがとう!!

まるちゃんとお茶をしながら時間のんびり過ごし、午後5時に水道橋駅に到着。
南米はボリビアで運命的な出会いを果たした、亮さんを待っていた。
少し遅れて二人のイカツイ男がやって来た。


tokyo.jpg


見た瞬間、他人の振りをしようと思う暇もなく、彼は俺に抱きついてきた。
南米の時と変わらずドレットヘアーの亮さん。彼の中学からの友達のごっつい体のダミアンさん。
亮さんは朝の6時まで酒を飲んでて、更に昼の2時からダミアンさんと飲んでたらしく、二人とも酒くせぇ!!
100人はくだらない駅の改札前で何度も「会いたかった!!」とハグをしてくる亮さん。
それを携帯のカメラで撮るダミアンさん。
こっぱずかしいったりゃありゃしねぇ。日の暮れかかったばかりの夕方の5時にねぇ・・・。

何とか抱きつき攻撃をかわし、東京ドームへと足を向ける。
そして疑問が・・・。俺はチケットを2枚しか持ってないのに何でここに3人いるんだ。
このダミアンさんは何者なんだろう?亮さんの友達ってことはこの人も同人種なんだろうか?
まだまともそうなダミアンさんが、酔っ払いのこいつ(失礼!)を送り届けにきたんだろうか?
こんな酔っ払いと楽しみにしてた「太陽の船」を見るなんて最悪だ!!
なんて不安を抱えながら、東京ドームへと歩いていった。
聞けばダミアンさんは、長渕の桜島オールナイトコンサートへ行ったほどの長渕ファン。
ということは、彼もチケット持参か当日券(買えたかは知らないけど)で見に行くんだろうか?
東京ドームへ着いても写真を撮ったり、酔っ払いははしゃぐ。
オリジナルグッズを見たり、看板やポスターを眺めたりと開演前のドキドキした雰囲気に浸るまもなく、会場の列に並ばされる。
さて、ダミアンさんはこれで案内終了で帰るのかと思ったら、「今日一緒に行くのコイツだから・・・。」とダミアンさんを指し奴が言う。
驚きの反面、内心ホッとした。このノリで奴と一緒に見ることにならなくて心から良かったと安心した。
歳も同じでお互い桜島まで行った長渕ファン。文句なしです。
ダミアンさんも初対面の俺と二人きりで行くことになるとは、この時まで知らなかったご様子。
池袋でメシを食おう」っと奴は去っていった。
めでたし、めでたし。

入場後、二人で一塁側の席へ向かう。
席に着いて桜島コンサートとのことを話していると、隣のおばちゃん二人に声をかけられる。
「桜島へ行ったの?」
お隣の二人も桜島へ行くほどの長渕ファン。話しが盛り上がり、意気投合して二人から「ビールを奢るよ。」と言われる。
酒の飲めない俺はウーロン茶を。ダミアンさんはビールをご馳走になり、4人で乾杯することに。
二人とはもちろん初対面なんだけど、俺とダミアンさんも初めて会ったばかりだ。面白い出会いが続くもんだ。
トイレに立ち席を外して戻ってみると、「チケットを見せてください」と係りの人とお客さんが。
よくよく見てみると俺たちの席は、一塁側じゃなくて三塁側だった。
席を間違えておばちゃんと出会いビールをご馳走になるなんて、悪い子としたなぁっと思い、御礼も謝罪も言えぬままコソコソと席を移動した。
開演してるのに移動した側の俺の隣2つは空席に。やってきたのは、あのおばちゃん二人だった。
あの二人も席を間違えていたみたい。4人揃って席を間違えて出会ったなんて、更に面白い縁だよね!!

開演10分。シーン2が始まり、天使役の工藤夕貴が優雅に目の前で空を舞っているのに、それに気づかず巨大スクリーンを虚ろな目で見ているダミアンさん。
その何秒か後には寝息が聞こえ始める。
はぁ、所詮は奴の友達かぁ・・・。酔っ払いめぇ。
アントニオ猪木のお叫びにも、フリーモトクロスの見事な演技にも、上戸彩の美しい妖精姿にも、寛斎自らの熱いメッセージに俺が涙する中でも、彼は寝続けていた。
後ろの席で彼を見てたお客さんはどう思ったんだろうか?
「楽しみにしていたショーなのに開始わずかで寝てしまうなんてとんでもない奴だ!!」とか・・・、「一緒にいる奴は起こして注意もしないなんて」と俺を見下したんだろうか・・・。
なんて実は思いもせず、繰り広げられる素晴らしいショーに集中しておりました。
だって、僕も彼とは周りの人と同じく数時間前は存在すら知らない同士だったんですから。
それにおばちゃん二人がやってきた時に通路側に座ってた彼は、起きて席へ通してあげて一たん起きたと思ったら2秒後には寝ていらしたんですもの・・・。
起こしても無駄でしょ?
でも彼は長渕の熱烈なファン。心の優しい優しい俺は、長渕登場の場面で彼をもちろん起こしてあげた。(このまま最後まで起こさないでいるのも面白いなんて思いませんよ。へへへっ!!)
ここで再び眠りに入る彼じゃなかった。一瞬で目を覚まし、「剛ぃ〜〜っ」っと叫んでおりました。さすが生粋の剛ファン!!
その後終演まで二人で見続け、二人とも大満足で会場を後にしたのでした。

太陽の船」に満足した二人は池袋へ向かう電車の中でも、長渕やショーの話題が絶えずに会話をしていた。
寝てたことをチクリと駄目だすこともできる間柄になっていた。(わたくし、いじめっ子の性根を持っているのかしら?)
そして、亮さんと再び合流。駅近くの居酒屋へ向かう。
3人で飲むのかと思ったら、多くの仲間が集まっていた。最終的には8人の仲間と飲むことになった。
そこで彼は南米での「命の恩人」だと、何度も何度も例のごとく酔っ払いながら俺のことを紹介していた。

そろそろ彼との出会いを書くことにしようかな。
ここまで長々と書いてきて、その説明にさらに長くなるけど、ここまで読んでくれた方は亮さんがただの酔っ払いで,どうしようもない奴で終わってしまってしまうんで、もう少しお付き合いを!!(無理にとは言いませんが。)
命の恩人と何度も言われても、命を救ったとは全く思ってないんだけど、ちょっとした人助けは確かにしたかなって程度です。
俺がボリビアの首都ラパスの安宿エル・ソラリオに泊っている所へ彼はやって来た。
ドレットヘアーにボロボロのザック。日本人離れした旅慣れした風防。個性的というか変というか、俺とは人種の違うことは間違いないなかった。
そんな彼の第一声は、「さっき強盗に会っちゃって・・・。」
真面目な顔で冷静に話す彼に、俺の頭は素直に理解できなかった。強盗に合った経緯を淡々と話す彼にありきたりの言葉と慰め、相槌をうつ事しかできずにいた。
生憎にも宿は空室がなく、彼は日本語のできるボリビア人と宿を後にしていた。
一緒にいたもう一人の日本人と話しを聞いていた。彼はこう口にした。
「お金を貸してくれって言ってくれたら、少しなら貸したのに・・・。」
そんなことを思いもしなかった自分が恥ずかしかった。
わけ合ってツインの部屋に一人で泊っていて、ベットがひとつ俺の部屋には空いていた。
空室がないと聞き、俺の部屋にベットがひとつ空いてると頭を過ぎったが、「良かったら俺の部屋に来ませんか?」とは言い出せなかった。
確かに日本人とはいえ、さっき会ったばかりの人間を泊めるのはどうかとも思ったが、厄介ごとに巻き込まれるのが嫌だったんだと思う。
その後は亮さんのことなど忘れ去り、二人で豪華な夕食に出かけた。ガイドブックに載っていた店で牛タンの煮込みという料理を美味しく俺は食べた。
30Bは日本円で約240円くらいなのだが、宿のドミトリーが20Bだから宿代より高い値段だ。節約家のバックパッカーにしてみればリッチだな方だと思う。

夜になり部屋の前で亮さんと再会。切羽詰った感じで、「お金を貸してくれませんか・・・。」と喋りだした。
先ほどの日本語のできるボリビア人に少し高めの宿を紹介してもらったり、今後の対応など親切に教えてもらったらしい。
何でも日本からの送金を待つことはできるが2週間くらいかかるかもしれないということ、着いたばかりで強盗に合い2週間もこの町で過ごしたくないということ、ブラジルに日系人の友達がいるから彼の銀行口座へ親から送金が可能らしくブラジルまで何とか戻りたいということ、被害は国際キャッシュカードだけだがお金が全く卸せなくなったったこと、彼の所持金はUS40$と100Bブラジルまで行くのにUS110$かかるといくこと、だからUS80$を貸してくれということを伝えてきた。
まず驚いたのが、ラパスからブラジルサンパウロまで110$でホントに行けるのか?ってことだった。確かに物価は安いだろうけど、距離的には東京から香港,上海からバンコクくらいあるはずだ。バスや電車を乗り継いで行くなら3日くらいはかかる。バスや電車で寝泊りすれば宿代はかからないが、食費などの生活費がかかる。
実際にブラジルからペルーへ行くときに彼は同じルートをそれくらいの値段だったというのだから、信じることにした。
彼のこのときの職業を聞くと、今はイギリスのアパレルの商社で働いているという。人は見た目で判断しちゃいけないと思ったけど、すこし驚いた。この状況で嘘をいうことはないと思ったのもあるけど、DJとかミュージシャンとか言われた方がまだ納得できる容姿でもあったから、この人が商社マンですか!?ってところが、逆に面白く感じた。
池袋の飲み屋で彼の仲間に言われた。
「よく南米でこいつに金を貸せたね?」 「初めてこいつに会ったときに絶対金は貸せない!」 「こんな胡散臭い奴に・・・。」
などなど皆さん冗談でしょうが、言っていた。(本気?)
確かに彼は今もドレッド姿で、日本でアパレル系の商社に勤めている・・・。なんて胡散臭いんだ!!今の方が信じられん。よくこの人に金を貸したなぁ、俺って・・・。見た目って大事かも。(笑)
でも、怪しくて胡散臭そうな人に頭をさげられるのは、普通の人間に頭をさげられるより、そのギャップで信用性が上がったりするよね。
俺もラパスからサンパウロへ行く予定だったから、サンパウロで返してもらうってことで貸しやすくなった。
しかも、ギリギリのお金じゃ心配だからと100$貸しましょうかという俺の提案を頑なに拒否された。南米の国々の平均月収は1万円もないんじゃないかな?20$の価値を分かった上で彼は断ったはず。
「余分なお金を持つと自分に甘えがでる」と言われたら、貸さないわけにはいかないでしょ!?
結局80$を貸すことにして、彼の泊ってる宿にはバックパッカーはいなくてシングルの部屋で喋り相手もいないらしく、俺の部屋の空いてるベッド使ってもらうことになった。
お金も貸すことができ、空いてるベットを使ってもらうことができて俺自身も心のモヤモヤがスッキリできた。(牛タンを食べてるときは、モヤモヤしてませんでしたが!)
その後、サンパウロで再会しお金を返してもらった上、豪華な食事をご馳走になりました。
めでたし、めでたし・・・・。  と、いかないところが亮さんのキャラといいますか、何といいますか、この男の面白いところです。まだまだネタを提供してくれやした。

次の朝、亮さんはサンパウロ目指して直ぐに旅立った。
昨日話した日本人の方に、お金を貸したことを告げると・・・。
「ホントに貸したの!!」と驚かれた。
こっちが驚くわい。あなたの一言で素直に貸すことができたんですけど・・・。不安になるでしょう。
亮さんとのことを話すと納得したようすだったが、確かにお金を貸したが返してもらえなかったという話しはよく聞くけどね。
今まで5人の日本人にお金を貸して、一人も返してもらったことがないというおじさんにも会ったことがある。
見ず知らずの人にお金を借りるわけだから、借りたときは感謝してると思う。だけど、日が経つうちにその気持ちも薄れるんだろうね。
友達とかにお金や物を貸しても、いざ返してってこっちから言うと、悪びれた様子もなく「ごめん忘れてた」っていうなら良い方で、面倒くさそうに「返すつもりだったのに・・・。」とこっちが攻められることがよくある。だったら、「貸して」じゃなくて「くれ」って言ってくれたら嫌だって断れるのにね。まぁ、俺も借りたまま返さないこともあったりしますが・・・。
そんな感じで、借りたものへの恩が薄れていくのは理解できる。理解できちゃいけないことなんだけど・・・。
亮さんには悪いけど、貸せる範囲というか返してもらわなくても仕様がないって気持ちでお金を渡したのは事実かな。亮さんのことは信用してたけど、月日の気持ちの薄れ方には人間だから忘れてしまうことも考えないとお金は渡せないと思うからね。
ここで80$を貸せないで、もし自分が被害にあったときに借りることができなくなるってのと、困っている日本人を助けることができたっていうことで満足できた部分が半分はあるんだと思うかな。亮さんには悪いけど・・。

数日後、俺もサンパウロへ向かう。
俺もまる3日間バスに乗り続けて、サンパウロに到着。ちなみに俺はバス代だけで、約130$くらいだった。
亮さんは確かサンパウロの日本人街にある日本人経営の安宿に泊っているはず。
しかし俺は、この一ヶ月前にニューヨークのユースホステルで知り合ったブラジル人の友達マルコの家でお世話になっていた。
しかもブラジルはカーニバル真っ只中。ブラジル人15人くらいで別荘を5日間貸切、アンパウロという小さな町ながらもブラジルのサンバカーニバルを楽しむのにも参加させてもらった。
サンパウロに戻ってからも、マルコとその家族にお世話になり、本場ブラジルのサッカー観戦、ビーチや観光に連れてってくれた。
良いこと尽くめのブラジル生活。どうやら無事にたどり着いたとメールがあり、亮さんに会いにというか日本人街で何を食べようかという楽しみを抱いてウキウキ気分で足を運んだ。
南米の前はカナダで1年間生活していたから、日本食が楽しみでしかたがない。もしかしてご馳走してくれるなんて期待をしない方が無理ってもんでしょ!?
朝の8時半頃に二日酔い気味に起きてきた彼と再会。何だかんだ2週間ぶりだった。
少し話してお金の件に話題は移る。彼の財布には100R(リアル)というブラジルのお金が入っていた。
「今、これしかないんですよ!」
・・・。1$が2Rだから約50$分。足りませんが・・・。
「ちょっと、お客さんどういうことですか? 貸した分きっちり返してもらわないとこっちも困るんですわ。こっちもボランティアで金貸してるわけとちゃいまっせ!!」
っと頭を過ぎったが、彼の言い訳を聞くことに。
お金は今日中に親から友達の口座へ入金されるらしい。今までの生活費は、サンパウロに住む友人に借りたお金でなんとか暮らしていたが、俺に渡した100Rがどうやら彼の全財産みたいだ。
彼の人に甘えたくない性格からか、友達にも多くの金を借りなかったんだろう。俺も「後でまとめて返してくれればいいから」と、100Rを返そうと思ったが、わざわざ受け取りに来た人間を手ぶらで帰すのを悪いと思ったのか、受け取ってくれなかった。
気まずい雰囲気も流れつつ、「外へ出ませんか?町を案内しますよ」と彼の言葉に任せ日本人街を案内してもらうことに。
土産物屋とか日本の古本屋などに入ったり、昼ごろまで二人でフラフラと歩いて過ごした。
こうなったら日本食を奢ってもらえるなんて有り得ない話しだ。彼も俺も昼から別に予定はない。夜はマルコの家で食事をだしてもらえるし、折角だからランチは日本食を食べたいよね。
変な縁だとしても、南米でこうして2回も出会えたわけだし、一人でメシを食べるより二人の方がいいに決まってる。金を貸した側が奢るのもおかしな話だが、だんだん今の状況が面白くなってきた。
ラーメン屋の前に来たとき、「ラーメン食べましょうよ!」と誘った。もちろん嫌がり断ってたが、強引に二人で店に入った。
しばらくまともなメシを食べてなかった彼は、俺以上に美味しそうに食べてくれた。
その後、彼の宿でのんびり過ごした。彼は明日の夕方頃に、モロッコへ旅立つ予定だった。
明日また会おうってことになり、空港行きのバスターミナルで会うことになった。


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昼の1時の待ち合わせに彼は30分遅れてやってきた。顔は少しむくんでいた。どうやら友達や宿の仲間と朝まで飲んでたらしく寝坊したみたい。1時に起きたらしい・・・。
もう驚きもしません。
メシを食べてないらしく、ファーストフードのハンバーガーをご馳走になる。
「ここはご馳走させてください!」 (遠慮なんてするかい)
で、残金は結局払ってもらえず。
親からの入金はちゃんとされていて、お金は手に入ったようだ。しかし、宿の支払いや宿の仲間にも借金があったらしく、何だかんだ支払っていくうちに残金は350$に。
モロッコからスペインなどヨーロッパを旅して帰る予定の彼には足りないくらいのお金だ。返せなんていえませんよ・・・。
「命の恩人」っていうわりには、後回しなんですね!!
空港行きのバスのチケットを買いにゆくと、1本前のバスが行ってしまい、次のバスに乗っても彼の飛行機の出発時間の約1時間前に到着する。間に合うのか・・・?
もうこの際、乗り遅れたらおもしろいのに。いや、むしろ乗り遅れてしまえ!! (残念ながら無事に乗れたようです。)
結局残りのお金は日本の俺の口座に振り込むということになった。
100Rとハンバーガーで俺は充分お返ししてもらったと納得できた。ブラジルでは彼と違って、沢山のブラジル人にお世話になり、幸せな日々を送っていたからね。
ペルーでもそうだけど、危ない目に合うどころか現地の人に親切にしてもらうことの方が多かった気がする。
80$貸すことによっての幸運だとしたら、安いくらいです。そういう意味では亮さんに感謝!!
無職で南米をフラついてる俺と、イギリスの商社に勤めていてバカンス中の彼。一般的にどちらか勝ち組か負け組みかは一目瞭然。


しかし、南米を無傷で脱出した俺は南米では勝ち組でしょう!!(ハッハッハッ!)

その後彼からはメールでの連絡が何度もあり、口座を教え、少し多めの入金をしてもらった。
それにしても彼からのメールはいつも変だ。同じ30歳とはとても思えない文だ。
まるで文字から酒の臭いがにじみ出てくる感じだ。俺に連絡したり会うときはシラフじゃ駄目なのかよ。
今思えば初めてあった時が一番素の姿の彼だった気がする。あの姿は亮さんの仲間も中々拝めないんだろうな。
シラフじゃない亮さんを想像できないし、いつまでも人生を楽しむ姿でいてくださいね!!

と、まぁこんな感じで彼とは南米で出会ったわけです。
「命の恩人」とまではいえないけど、彼にとっては俺のことは恩人であるらしく、約1年ぶりの日本での再会を暑苦しいけど、彼なりの表現で素直に表してくれてこちらも嬉しい限りでした。
ネパールの帰りにお世話になった大阪の友達の家で彼のことを話したら、こんな一言が。
「その人は自分に厳しい人間やね」と。
言われてみたら確かにそうだよね。俺からも80$しか借りなかったし、親からも沢山のお金を要求しなかった。
俺だったら迷わず100$借りてると思う。親には甘えっぱなしで偉そうにしてるし、人の恩人になるような人間じゃないもんなぁ。
亮さんを見習った一言でした。
これで、今までの失言はチャラってことでお願いします。(笑)

池袋の居酒屋には夜の12時までいた。
彼の熱い仲間がどんどん集まり、俺だけじゃなくお互い初対面っていう人達も集まってきた。なんか旅先の宿の風景を思い出す。
彼の仲間どうしもこんな状況は日常茶飯事なのか、すぐに打ち解けてゆく。
亮さんも俺と二人っきりで、「命の恩人」だとか照れくさくて言えないといって、皆を呼んだみたいだった。
確かに二人だけだったら、お互いかしこまってしまうよね。
亮さんを含めて、彼の仲間たちとは同じ学校へ通っていたとしても友達にならないような人達ばかり。俺とは趣味とか性格とか全然違うと思うし。
でも、亮さんとの南米での縁で知り合うことで新たな出会いができた。こういう縁のつながりが凄く面白いし、大切なことだと思う。
旅での一番の魅力は人との出会いだ。美しい景色を見るのも最高の思い出だが、人との出会いが後々まで忘れられない思い出になる。
この人に出会うために旅してたんだってことが、毎回ある。次はどんな人と出会うのかってのが、旅に出るうえでの一番の楽しみになっている。
目的もなしになんとなくフラフラと訪れた場所でも、人との出会いが自分にとっての掛け替えのない思い出になる。人との出会いから学び、勉強して、自分を成長させてくれる。
旅は縁のつながりで目的が決まっている。彼の行った場所、彼の生まれた場所、彼の思い出の場所、それが自分の目的の場所に変わる。旅の目的になる。全ては人との出会いが決めてくれる。
人生に置き換えてもそうだと思う。生きる意味、生きる目的、誰かに会いたくて、誰かのようになりたくて、人は人生を旅してるはずだ。
今までも旅先や色んなところで素敵な出会いをいっぱいさせてもらった。幸せな人生だと思う。今まで出会った人に感謝して、これからの出会いを大切にしたいと俺は思う。

池袋から巣鴨へ移動して、亮さんともう一人の仲間(たくろう君?かつろう君?亮さん自身が毎回違う名前をいうから分からん。)と3人で焼肉をごちそうになる。
巣鴨といえば、おばあちゃんの原宿。あと、とげぬき地蔵
二人に巣鴨に来てとげぬき地蔵を清めないと来た意味がないと、夜中の1時過ぎに連れて行かれる。もちろん誰もいないなか、酔っ払い二人と観音様の体を清めた。
そして亮さんのマンションで一晩お世話になり、翌日は彼の出勤と共に家を出た。
今回、東京で南米での恩を何倍もの持て成しで返してもらった。亮さん本当にどうもありがとう。
今日一日が充実した素敵な思い出の一日となりました。
俺はただ、南米で80$という日本円でいえば1万円弱のお金を貸したに過ぎない。だけど、彼はそのことを恩と受け止めて1年経った後でも同じ気持ちでいてくれた。
お互い照れて、うまく「ありがとう」と「どういたしまして」の気持ちを表現できなかったかもしれないけど、彼なりのノリで楽しく恩を返してもらった。
こちらこそ、お礼を言いたいです。ホントにありがとう!!

旅をしていても、無事に戻ってきてもいつも思うことは、「旅は一人じゃできない」ってこと。一人旅をしている時の方がしみじみそれは思う。常に誰かに支えられ、救われ、助けられている。
バスに乗ったら運転する人がいる。食堂に入ったらメシを作ってくれる人がいる。道に迷ったら教えてくれる人がいる。砂漠のど真ん中に立たされて生きて旅から戻れる人間はそうはいない。
お金があってもどうしようもない事がある。言葉が分からずいいたい事を伝えられないこともある。そんなとき、誰かが必ず助けてくれた。だから俺は旅を続けることができた。
そして感謝することを覚えた。人を助けたいという気持ちも芽生えた。
恩を受けたことによって感謝することを学び、感謝されたいと思うと共に人を助けることを自然にできるような人になりたいと思った。
亮さんにお金を貸して恩を受けた。でも俺は困っている日本人にお金という物をただ渡したに過ぎない。自然なことだと思う。ただ逆の立場だったら、凄く恩を感じて感謝の気持ちでいっぱいになったはずだ。
ブラジル人のマルコはその家族は、旅先で知り合った何者かも分からない日本人を家に招き、愛情をもって接してくれた。俺が亮さんにしたことの何十倍ものことをしてもらったと思っている。
だけど、彼らとは再会は難しい。再び会って、できたら日本に招待してブラジルで受けた持て成し以上のことをしてあげたい。でも、中々本人たちに恩を返すことはできない。
旅先ではもっともっと沢山の人間から優しさや恩をいただいてきた。その恩を一人ひとりに返すことは俺にはできない。ただできることがある。その感謝の気持ちを困っている人達がいたら手を差し伸べてあげること。恩を受けたことによって学んだことを困っている人達に助けることによって伝えていけばいいだけだ。もしその人が恩を感じ、感謝したならば、次の困ってる人に手を差し伸べてくれたらいい。
受けた恩や感謝の心も色んな縁というものと繋がっている気がする。人助けを当たり前にできるようになれば、人からも当たり前のように助けてもらえるはずだからね。
ただ、人を助けるということは心に余裕がなければできない。貧しく、生きてゆくだけで精一杯の人達も旅を通して沢山見てきた。そういう人達でも助け合いながら生きている。僕らは豊かな国に生まれて、心のゆとりさえ作ることができれば沢山人達を助けることができる。そういうことを素直に心から自然にできる人間が本当の幸せな人間なのかもしれない。
いつでも誰にもってわけじゃないけど、少しは人と人とが助け合うことを学べたってことだけでも、幸せな人生を送ってきてるんだなって思う。
感謝することを大切にしてこれからも生きてゆきたいよね。人は一人じゃ生きられないんだから。

今回の東京の旅も充実したものとなった。
次の旅でも素晴らしい出会いに恵まれますように!!

名古屋へ帰る途中で見た富士山。
雪化粧してとてもきれいだった。何年ぶりに見ただろうか?
やっぱり富士山はいいなぁ。日本一、いや世界一だね。


tokyo02.jpg
 


PS 東京で困ったことが合ったら、亮さんに声をかけてみてください。
きっと何かの助けになってくれるはずだから。
なんてたって、僕は彼の「命の恩人」ですから!!(笑)


 

KANSAI SUPER SHOW in TOKYO DOME

行ってまいりました。山本寛斎のイベント『太陽の船』へ!!

いやぁ凄かった。
日本元気プロジェクトの名に負けない熱いショーだった。
ホント、沢山の元気をもらったよ。


オープニングは、岸和田のだんじり祭りのような鯨の山車に乗った主人公役の「カイト」を演じるTOKIOの松岡が祭りの最初を盛り上げる。
続いて、でっかいバルーンに吊るされた天使役の工藤夕貴が優雅に空を舞う。
祭りの国の王、アントニオ猪木が「いくぞっ!!!」っと叫び、祭りが始まる。
高さ10mはあろう山車の上で再び松岡が「ソイヤーッ!!」っと叫び、2000人のボランティアキャストも一緒に叫ぶ。
徳島の女衆が阿波踊りに舞い、爆音と共にフリースタイル・モトクロスライダーが空中を華麗に舞う。
そして、上戸彩ちゃんが妖精の美しい姿で登場した。

一応、今回のショーはSCENE~7の7部構成になているらしく、ここまでSCENE4までが終わったことになる。
正直期待以上ではなかった・・・。演じる側や作り手側からの元気や熱さはもちろん伝わってきた。ただ、客席側までは届いてきていない。
豪華キャスト、豪華なセットを使った学芸会にしか見えなかった。自分も含めて客のノリが悪いってのも感じたけどね。
祭りに参加してる方は楽しくて当たり前、東京ドームでお金を払って見に来てる客を盛り上げられないんじゃ、ただの学芸会だよね。


SCENE5、あの男が出てくるまでは・・・・。

場内が暗くなり、山本寛斎が登場した。
今回のイベントをやるにあたって、一人の熱い男が一人の情熱を持った男に応援歌の依頼をした。
画用紙5枚分の手紙と共に熱い思いを託した。その思いを墨と筆を持ち、心強く受け止め承諾の手紙を送った。
返事の数日後には完成された曲が寛斎の元に届いたという。
山本寛斎長渕剛の男の友情のやり取りを寛斎自身が声を出し、熱く語る。
50歳、60歳のおやじの友情に俺の目から涙が溢れた。

そのメッセージに答えるべく、一人の男がいつもの仲間を従えさっそうと現れる。
長渕剛が寛斎のために本気で答えるためにやってきた。
いつものLIVE以上の熱い歌声。長渕ファンを筆頭に客も立ち上がり、拳を突き上げる。
5分そこそこの原曲、「太陽の歌」が30分のというLIVEに生まれ変わった。
バックバンド、コーラス、照明も長渕のLIVE以上に完成された音楽ショーになり、長渕自身もギターソロ、ハーモニカ、即興の歌、一塁スタンドから三塁スタンドまで駆け走り、寛斎のために盛り上げていた。
長渕ファンの俺はもちろん大感動!!
二人の男の友情から生まれたLIVEに感無量だった。

見事、応援歌を捧げ祭りを舞台を盛り上げ寛斎のショーは続く。
300人の和太鼓衆による見事な演奏が始まった。
祭りは大盛り上がり。観客もその熱気に飲まれ場内に一体感が生まれる。
さぁ出発だ!!



「ああしたい!」「こうしたい!」漠然と夢を追い求め、世界を旅する青年「カイト」。
夢を追いかけていく青年の旅は、彼の人生そのものでもある。
初めての挫折、運命的な出会い、立ち塞がる壁との闘い、
そして芽生える熱い友情・・・。
人生という果てしない旅のなかで青年・カイトが確信したのは「夢を持つことの素晴らしさ」。
人間は夢を持ち、夢に向かって前へ進んでいくことで光り輝く。元気が生まれる。
そして、青年の夢は「夢を説くこと」になった。

「夢を持とう!前へ進もう、未知なる未来へ。」
青年は、夢の船=太陽の船に飛び乗って、今再び旅立つ


 


 太陽の船  Kansai02.jpg


 


いよいよクライマックス!!
クジラ形をした、全長40メートル、幅46メートル、高さ36メートル、重さ300キロの巨大熱気球『太陽の船』が舞い上がった。
2000名のスタッフと2万5000人の観客がそれぞれの夢を描き、太陽の船に飛び乗った。

いやぁ、日本に帰ってきて良かった。
年末年始のバイト疲れなんて、一瞬で吹き飛んだよ。
太陽の船という夢の乗り物に乗り込んだ今、成し遂げられなかった旅へ向けて俺も突き進もう。
寛斎が見た、チベットという世界を俺も旅したい。